死なないためにブログ書く。

贅沢したいわけじゃない、ただ普通に生きるためのコスト(お金も努力も)、高すぎじゃない?

2022年、風が「燃えよ」と私に言った

なんかすごい壮大なタイトルにも読めるけど、最近の音楽に触れている人ならすぐぴんとくるかな。元ネタは藤井風さんの「燃えよ」という歌から。

燃えよ

あの空に燃えよ

明日なんか来ると思わずに燃えよ

2021年9月からこのブログ始めて、生き死にの意志はブレブレグラグラながら生きてきて、11月終わりぐらいからやっと生きる方向に定まり始めて、歳を越せて、ぬる~くぬる~く思っちゃったのよね「もう少し生きられる」って。

そう思ったときに、これまたぬる~く見てた紅白であの真っ直ぐな目力でこの歌詞突き付けられてはっとしたよ。私が生きる気になったって、実際いつ死ぬかなんてわからない。去年の11月ぐらいまでは「いつ死ぬかわからん」ってちゃんと思ってたくせにさ。

 

もう一度言うけど、そして賢い人にとっては当たり前のことだったのだろうけど。私が生きる気になったとていつ死ぬかわからない。昨年、せっかく死ぬまでにやりたい10のことを書いたのだから。

 

bluegoggles.hatenablog.com

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生きるつもりになったことも、いつ死ぬかわからないことも。

どっちも忘れずに。

 

で。これらをやりきるための2022年の「テーマ」。私の場合は「声」というものに行きついた。

まず、これらをやりきるためにはお金がいる。そしていろいろやっかいな私のペースでできる占い稼業は続けていきたい。が、チャットのみだと取りっぱぐれがある。電話鑑定デビューは「慣れてから~」なんてのんびり構えていたけれど、これを2022年中にすることを決意。

次に創作方面。これはもう私の生きがいだからね。

ただね、私、これまでいろんな「表現」をしてきたのだけどね。

バンドもやった。役者もやった、自作戯曲の一人舞台もやった、絵も描いた、小説も書いた、漫画も描いた。けどね。

絵・小説・漫画はほとんど褒められないんだわ(爆笑)

でも、声は絵や小説とかよりは褒められる。あと、詳しく説明すると長くなるからまた別の機会にするけど声に関しては、使える。声が働いてる、伝わっている実感がある。でもそれは歌じゃない。

だから、声を使ったところで私の表現にすごい需要が出るわけでもないと思うけど、使わないよりはましな表現ができるとふんだ。昨年、自作の朗読ユーチューバーになるんだ!とか言ってたわけだし、これも2022年中に必ずデビューする。

明日が来ると思わずに生きるってのは実はなかなか難しいけど、2023年はどうなるかわからないから。のんびり構えていたことを、「2022年中に!!」と区切ってやるのよ。

 

そんなわけで、2022年の目標二つ、共通するテーマは「声」。

本年もよろしくお願いいたします。

「 もっと頑張らなきゃ 」って空虚に呟いてない❓

今回の記事はほぼ自分への戒め。なら他の所に書けと思うかもしれないけど、普遍的なハウツーとかじゃ救われないものが、ごく個人的な体験談とかによって救われる場合もあることを経験してるから懲りずにこういう所に書く。自己顕示欲もあるけどもね。

 

さて、冒頭の言葉。

ふと気づくと、最近の私の口癖になってる。だって金銭的にちょっと焦ってるから。それなのに、というかそのせいなんだろうけどここ2~3日体調を崩して、夕方になると熱が出る。思うように働けない。そして冒頭の言葉をよく口にしてる。

でもねー。口癖みたいになってて空虚なんだ。具体的に何をどう頑張るか、そして全部は頑張れないこの状況の中で何を切り捨てるかイメージできてなくて、空回り。

 

ところでね。私が所属している某チャット占いアプリの、いわゆる「報酬が発生するタイミング」は「こちらから送った有料メッセージをお客様が開封してくれたとき」なんだ。つまり、依頼があって鑑定文を送っても、お客様に開封されなければただ働きになっちゃうのね。だから、金銭的にこっちが焦ってるときにずっと開封されないと、ね。

軽く呪いたくなる。

運営の調査によると、鑑定士一人あたり、鑑定件数の一割ぐらいは未開封を抱えるらしい。

「 でも、ボーナス時期とかにまとめて開封されるお客様もいらっしゃるから焦らず頑張りましょう★ 」

とか言ってる運営。これもちょっと呪いたくなるー★だって、占いの賞味期限ってそんなに長くないよ?せいぜい三か月~半年、ものによっても一年がやっと。ボーナスとか、そんな何か月も経ってから開封されても意味が薄れることがほとんど。

こんな状況なので「やっぱりチャット占いって取りっぱぐれ出るよな、働く場所選び失敗したかも」ってたまに考えるんだけど。

※ちなみに私、多分チャット占いアプリの二大巨頭的な所両方に所属してます。どちらもこの辺のシステムは同じなので、他のチャット占いアプリも多分同じなところが多いと思う。

でも、私はそもそもこのリスクを承知の上で働き始めたことを忘れてたことに気づいた。

電話や対面鑑定はリアルタイム進行で鑑定に好きに時間はかけられない。開封されなかったとしても最低限練習台にはなってくれたのだからと捉えて、経験積んでから電話とかに移籍しよう。

そう考えてたことを、忘れてたのよね。

焦っても呪っても仕方がない。手早く鑑定できるよう、そして一日も早く取りっぱぐれのない場所に進めるよう、研鑽を積むのみ。幸い、というか夫のおかげなんだけど、明日にでもホームレスというほどではないのだし。そしてこの夫に頼れる状況は、無職だった夫を二年半支えて頑張ってきた過去の私が作ったのだと都合よく捉えよう★

 

それでは、この記事が私と同じく新米占い師や、占い師でなくても仕事のことで苛立ちを抱えている人に少しでも役立つことを祈って。

 

 

 

 

しばらく書かないって言ったじゃん

と、思ったのだけど今日ふと思ったことを記録したくて。

もし、自分が死んだときの話。

葬式はこんなふうにしてとか、誰を呼んでとかその人によっていろんな考えがあると思うのだけど。正直私はその手のこだわりが全くない。誰も呼ばなくていいし、そもそも葬式自体しなくていい。一番手間とお金と時間のかからない方法で、至って適当に処理してもらって構わない。だって、死んでるからね。

 

でも、もし少しの間でも死んだ自分の体のそばに、例えば幽霊みたいにたたずんでいられるのなら。私だけは、役目を終えた私の肉体に

「 お役目、お疲れ様 」

って言いたい。長年愛用した物と別れる時みたいにね。それなりに頑張ったもの。

それだけで、いいなぁ。

【お知らせのみ】

生きよう、と思うと。

これまでどうでもいいと思っていたことが、とたん切実な問題になる。

 

つまり、財政ピンチ。

 

一時期よりはだいぶマシになったものの、気力体力の欠乏は相変わらず。だから毎日満員電車に乗って遅刻せずに外に行って働くみたいな気はどうしても起こらない。

あ、でもね。今久しぶりに小説読んでる。夫が買ってくれた。小説を読む気力があるだけでもだいぶマシにはなったかな。

 

なので「占い師やってます(小声)」の小声が取れるように本腰入れなきゃ、なので。

たぶんしばらくブログが書けません。書きたいことはまだまだいっぱいあるのだけど。少なくとも、年内は恐らく書かない。

 

このブログ読んでくれてる人にはわざわざ言わなくてもわかるかもだけど、もちろん私は「生きてりゃいいことあるよ」なんて言わない。でも、それでもね。

このブログにたどり着いた人は、けっこうきっつい思いしてるからたどり着いたと思うんだよね。だってこのブログのタイトルやらキーワードやら、そんなんばっかりなんだもの。それでも、通り魔にも堕ちずに。もうそれだけで聖者だよ。

2022年。あなたも、私も。聖者たちが、生きて迎えられたらいいと思う。

 

それでは、また。できるだけ近いうちに。

 

 

純然たる「日記」

今日は生理二日目で体調も良くない。なので人生の棚卸みたいな重いことは書けないしたまには日常的なことを書くか、と思ったら「 今週のお題 」がコレ。

今週のお題「最近あったちょっといいこと」。

正直ね。無職のいい歳のおばさんでも自己顕示欲あるからね。ブログは読んでほしいわけ。書きたいこと書き散らかしてるのに一日に5人でも6人でも見てくれる人がいたらそれでうきうきしてますとも、ええ。なので書けそうなお題があれば便乗します。

さて。前回の記事でも書いたけど私が占い師として登録しているサービスのシステムがガッタガタになってしまって。

一方私はもう貯金が尽きかけていて。

このブログの最初の方で「 私ももう気力が尽きて、このままじゃやばいことがわかっててももう働けない。各種補助金を調べて申請する気力もない。夫もまだ無職。このままどちらもまともに働けないなら、今年の年末でたぶん死ぬ 」って他人事のように書いてた。でも夫の仕事が決まって。ようやく私も頑張る気になってきた。

その矢先のシステムダウンだった。しかも、復旧した後も「しばらくはあんまり積極稼働しないで」とのお達し(ちなみにこの記事を書いている現在ではそのシステムも復旧してくれた)。他にも、貯金はもう来月くらいで尽きるのに通常の振込申請だと振込は翌々月だったりわりとピンチ。

今までの私だったら「あーもういいや。死ぬなら死ぬで」と考えて何もしなかっただろう。でも今日は、就活した。少しでも稼げる可能性を上げたくて。

就活できたよ。採用連絡はまだだけど、とりあえず「活動」が、できた。

これが、最近(っていうか今日)起きたいいこと。なんだー、生きる気力出てきたじゃん!っていうね。

就活と言っても同じく占い稼業だから、履歴書書いてスーツ着て面接して、ってのじゃないけどね。webでこれまでの経歴とか、先方から出されたお題の鑑定をしてその鑑定結果を送ったりとか、そういうこと。普通の企業の就活に比べたら、ずっと楽だけどね、外に出なくていいし。でも、自分が生きようとしてるのが実感できたのが、嬉しかった。これはこれで他人事のように「 よっ!まだ生きる気なんだな! 」ってね。

 

今日はここまで。

これからもう少し、仕事します。

 

今日の真理:「 働いたら負け 」、「 同じ場所にとどまるためには、絶えず全力で走っていなければならない 」

ほぼ無職なこの生活になってからよく思う、この二つのこと。

まず一つ目 「働いたら負け 」。

私、稼げてないからほぼ無職なんだけど一応占い師で。とあるチャット占いサービスに登録してるんだけどもさ。これのサーバ?システム?が昨日ガッタガタのボロッボロの挙動で。

「緊急メンテナンスしました!もう大丈夫です!」→やっぱりダメ→「 緊急(略 」→まだダメ 」を三回ぐらい繰り返し。そして今朝も「 昨夜は大変ご迷惑をおかけしました、安定稼働を確認しております 」→昨日よりはましっぽいけど重い。アプリではできるけどwebページではメッセージのやり取りができない始末。

エンジニアさんにちゃんとお金払ってますか?充分な人数を雇ってますか?某メガバンクみたいなことしてない……?

 

私は前の職場も、自分の職務や経験年数、外部評価に対してあまりにも給料が安いことに疲れ果てて辞めたんだけど。「働いたら負け」ってのは枕詞に「その給料(待遇)で」が付くなと感じた。「辞めないで働いてるってことは今の給料で良いんでしょ?」って考え。労働人口が足りないのは少子化もあるかもしれないけど、それに気づいて働くのがもう無理になっちゃった人が増えてきたって理由の方が大きそうだよね。それで安い給料でも文句を言わない・言えない人が、より良い生活のためとかじゃなくて只々「 同じポジションに留まるために疲弊してても全力で走り続けなきゃいけない 」っていう。そうじゃないとクビにされて外国人を雇われちゃうからね。

 

平和的なデモもいいけどさ。いっそのこと、疲れ切った元労働者が集団で最寄りの役所に押しかけて生活保護請求したらインパクト大きいだろうななんて妄想する。私には実行力はないのだけどね。

 

あーーーまだサーバだめじゃん……仕事ができない!!

世界が壊れている、異常だという認識は狂人の証か

今日はたぶん短い。ぼやきみたいなもんだから。

 

物語なんかだとさ。「こんな世界狂ってる!」って憤慨し叫ぶ人は大体その本人が狂人とされるわね。物語でなく議論でも「 狂っていると感じるのは、あなたが世界に適応できていないから。つまり狂っているのはせかいではなくあなたです 」という論調はわりと正論として扱われる。

 

では。

世界に適応できてさえいれば何をしても正常なんだろうか。ゲームで負けて野獣のように暴れたり耳障りな歌を住宅街で近所中に響き渡るように歌ってたりしても犯罪にはならない。しかもそういう奴に限って社会で身分が保証されてたりする。

 

自分が社会的にまともじゃないことは自覚している。でも、その中でできるだけ周囲に迷惑をかけないよう気をつけて生きているつもりだ。そして私は思う。

「 私も狂ってるかもだけど世界もたいがい狂ってるのでは 」

しかし、それを言って狂人扱いされるのは思ったり語ったりした本人だけ。

 

つまり「 世界 」が狂う日は永遠に来ないのだ。理論上ではね。